0051
もう10年も前の話だけど……。


1年の期限付きで海外出張をした。


新しい人間関係が新鮮で、長年つき合ってた彼女への連絡も忘れがち。


仕事場では金髪美女との火の出るようなアバンチュールもあり、竜宮城の浦島太郎状態だった。


何食わぬ顔で帰国したら、彼女が

「好きな人が出来たから別れて」

と言う。


「終わる時はあっさりしたもんだな」

そう思いながら冷めた気持ちで砂をかむような最後のセックスをした。


その後、俺は地方支社の管理職として栄転し、彼女からは時々近況を知らせる手紙が来た。


「もう別れたんだから連絡するな!」

と電話し、彼女は

「ゴメン」

と謝った。


やがて彼女から、地元の資産家へ嫁いだ事を知らせる葉書が届いたが、

「金に転んだ汚い女だ」

と軽蔑しただけだった。


それから1年、引っ越しの荷物整理で彼女からの手紙を読み直し、便箋に涙の跡が沢山付いている事に初めて気づいた。


共通の知人に

「何考えてんだろうな」

と笑いながら話したら、

「お前の海外出張中、あの子の父親に末期癌が見つかって医療費で借金が嵩んだんだ。

親の面倒を見るために、転勤族のお前とは結婚できなかったんだよ」


と聞かされた。


その話を裏付けるように、彼女の父親が死亡した。


俺は手紙を抱き締めて泣いた。


ネタ疑惑が出るだろうけど実話だよ。


当時、一頻り落ち込んだ後、冷静に考えてみたんだけど、彼女は色んな形でサインを出してたと思う。


だけど俺は

「凱旋帰国のエリートだぜ」(大馬鹿)

てな感じで、肩を怒らせて偉そうな事を吹きまくってたから、彼女の気持ちに気付かなかった。


要するに彼女は

「この男では私を救えない」

と見切ったんだろうね。


そう思うと、

「俺はそんなに頼りないか!」

とやりきれなかった。


全てが打算だったとは思いたくない。


そこまでひどい女じゃなかったよ。


共通の知人に対しては猛烈に腹が立った。


そいつも彼女の事が好きだったようだ。


どっちにしろ俺は未熟だったから、無理して一緒になってもうまく行かなかったかもしれない。


しばらく経ってから、業務のついでに彼女の実家(彼女は嫁いでるからおふくろさんが一人暮らし)へ行って、親父さんの仏前に線香を上げた。


親父さんとは面識があったが、遺影の顔の幅は元気な頃の半分になってた。


おふくろさんが見送りに来て、

「あんたの好きにしていいのよって、あたしはあの子に言ったんだけど」

と、俺の背中に呟いたから、何だか余計に傷付いた。


「縁がなかったんですよ」

と陳腐な台詞を残して逃げるように玄関を出た。